くまさんの健康ひとりご飯

ある大きなストレスを受け続けたことで自律神経が乱れ、その流れで婦人疾患にかかりました。婦人科に通院しながらそれまでの環境を変えて、自炊を習慣にし、食や栄養素について独学しています。食を通して「栄養を摂る事」と「考え方」と「自分を大切にする事」の大切さを知りました。そうしたらストレスの後遺症となんとなく続いていた体調不良が治り、婦人疾患も良くなってきています。このブログは、そんな私の毎日の食事記録です。

自己紹介とこれまでの経緯と病気の経過について。

ーお知らせー

以前から全く無関係なブログやサイトの説明文に当ブログの説明分の一部や名前などが表示されるというという事が起こっていました。なかには詐欺サイトに繋がるような悪質なものもありました。

見つける度にGoogleにスパム報告をしてはいますが、イタチごっこでなかなかなくなりません。

丁度その時にブログの説明分を変えたいと思っていた時だったのと、ブログの説明分を変えれば少しはマシになるかな、という思いから2カ月くらい前にブログの説明分を変えましたが、当ブログが以前使用していた説明文+当ブログの名前を使ったブログやサイトは残り続けています。

私は、このブログ以外にブログやサイトはしていませんので、間違ってクリックしないようにお気を付けください。

 

ここからが本題です。↓ ↓ ↓

2020.5.27 前に書いた時と比べてまた心身の状態が良くなったので、今自分が思っている事などを交えながら書き直しました。

初めまして!
くまと申します┏○ペコリ
東海在住、30代半ばのおひとりさまです。

今まで、一応は人が食べられる程度の料理は作れたけれど、一人暮らしを始めてからそれまで継続的に自炊をしたことはありませんでした。

そんな私ですが、前職をしていた頃にストーカー(嫌がらせ)を受け続けたことで自律神経が乱れ、その流れで婦人疾患にかかったのをキッカケに、それまでの環境を変えて、自炊を習慣化し食と栄養素についての独学をはじめました。

 

辛い時期もありましたが、今はとても穏やかな気持ちで毎日を過ごせています。穏やかな気持ちで生活できるようになるまでに、本当にいろいろなことがありました。

ストーカーにあっていた頃は、心身共にボロボロでした。常に倦怠感があり、恐怖&不安な状態が続いていたことで何をしていてもいつも気持ちが落ち着かない状態になってしまい、免疫力の低下も起こり毎週のように風邪をひいていました。(しかも、この頃は、その状態が普通だとは思ってなかったけれど異常だとも思ってなかった)

環境を変えて安心して生活できるようにしてからも、環境を変えたにもかかわらずなぜかストーカーに関係する悪夢をみるようになったり、思い出す必要はなくなったはずなのに思い出して過呼吸(パニックみたいな感じ)になったり、どんなに体を休めても眠気や倦怠感が抜けなくて、1日中ではないけれど発作的な感じで情緒不安定になったり、免疫力の低下も暫くの間続きました。(今は全て良くなっています)

それらの不調を治していく過程で自炊を通して、ストレスに打ち勝つ為に必要な栄養(ここでいう必要な栄養というのは、ストレス対策のことだけを考えた栄養素ではなく、広い意味で体を健康に保つために必要な栄養素のことです)を摂っていれば、体と心と食べる物は繋がっているので、ストレスに強い心をつくることができるのを身をもって感じました。

自分の事を苦しめない考え方をすることが体を元気にすることにも繋がるし、必要な栄養を摂ることは心を元気にすることにも繋がる、ということです。

私は、体に必要な栄養を補い続ける事と、自分の事を苦しめる考え方をやめる事を続けて心身の元気を取り戻せたので、その経験をブログに書くことで人に伝えたいです。そして、苦しまなくてもいい人が苦しんだり、病気にならなくてもいい人が病気になったりする人が1人でも減ればいいなと思っています。

このブログを書き始めた当初は、私自身も気づいていなかったのでそんな風に考えた事もありませんでしたが、いろいろな事があり、いろいろな事を受け入れられるようになって、だんだんとそう思うようになっていきました。

 

ブログを書きはじめた当初は、自分自身がそこまでストーカーによって心身にダメージをくらっていたことにすら気づいていなかったので(自分が今まで嫌がらせを受けながらも我慢して自分の中の【根から悪い人はいない】というポリシーを守ろうとしてきた結果のせいで不調を起こしているという事を認めたくなかった、という方が正しいかもしれません)、当初に書いたページを読み返すと「環境を変える為に仕事を辞めて引っ越ししたから節約の為に自炊をはじめた。どうせ作るなら健康的なものを作って食べたいから食や栄養について勉強をしている人のブログ」という雰囲気が伝わってくると思います。そのつもりで書いていましたし。

しかも、前職をしていた頃にストーカーにあっていた事を謎に誰にも話してはいけないんだと思い込んでいて、それについては書かないようにしていたので、余計にそう感じると思います。

今も料理はヘタですが、ブログを書きはじめたばかりの頃は今よりもヘタだったので、その頃に書いたページを残しておくのは恥ずかしいけれど、あえて快復したまでの記録として残しています。これまで自分なりに心に沢山の葛藤をしながら歩んできた道のりなので、どれも大切な私の人生の一部だと思っています。

 

どうしてブログを書きはじめた頃の私が自分自身の心と体に受けてきたダメージに気付かなかったのかというと、認めたくなかったという原因の他に、前職をしていた頃にストーカーから受けたストレスのせいでジワジワと心身が消耗してくのに伴って、少しずつジワジワと長い月日をかけて心身にさまざまな不調が起こるようになりました。そのためにいつの間にか、常に不調のある状態が私の普通の状態なんだと錯覚するようになったことも原因でした。今思えば、私の間違った防衛機制と考え癖が錯覚の助長をしていたと思います。

ドカン!と一気にストレスを受けて、心身が消耗して不調があらわれはじめた場合なら自分の体と心の変化に気づきやすかったと思いますが、私の場合はジワジワと悪くなっていったので気づけませんでした。

なので前職をしていた頃と、辞めて暫くの間は「すぐに落ち込む自分」「すぐに風邪をひく自分」「みんなは動けているのに自分だけ体が怠くて動けない」などという状態の原因を自分の中に探していたので、自分は思いっきり甘ッタレで怠惰で我儘な奴だと思っていました。

けれど、実際は違いました。自炊を習慣化して体に必要な栄養を補い続ける事で、だんだん元気を取り戻していき良い方向へ変わっていく自分をみて、ストレスやエネルギー不足のせいでそうなっていただけだった、ということがわかりました。

 

環境を変えた時にそれまでのストレスもなくなり、一時的に心身の状態が全体的に少し快復したように思えました。具体的には、いつもどんよりしていて重かった心が軽くなって、それに伴い重く怠かった体も軽くなったかのように感じました。ストレスを取り除いたことで、それまで受けていた負担の大きさに気づきました。けれど、この時の私は「もう環境も変えたし、この先は大丈夫だろう」って思っていました。

しかし、暫くすると眠気と倦怠感が、なぜかだんだんと強くなっていきました。

ブログを書き始めたばかりの頃の私は、もう環境を変えたことで終わった話だと思っていたし、眠気と倦怠感の本当の原因を認めたくなくて、マグネシウムが足りないから眠くなるんだ、とか、ストーカーに合う前から気圧の変化には弱い体質だったんですが、丁度梅雨時期&夏に入ったこともあり、(ストーカーにあう前は気圧の変化による不調はそこまで酷くありませんでしたが、ストレスを抱えるに伴って徐々に酷くなっていったので、これも見分けがつきませんでした)「ストレスのせいで自律神経が乱れている事を医師に言われていたことは見ないようにして、梅雨や夏バテのせいで自律神経が乱れやすくなっているから不調が出ているんだ」などと余計に別のところに原因を探すようになっていました。

そんな感じで心に無理ばかりしていたので、日々疲れていて環境を変えても免疫力は戻らず頻繁に風邪をひき、その度に不正出血していました。

そして、最初にも少し書きましたが、なぜか環境を変えて考える必要がなくなったはずなのに、ストーカーにあっていた頃の事がふとした瞬間に頭に浮かんだり、思い出したりする頻度が増えていきました。しだいに悪夢や不眠にも悩まされるようになり、それに伴い発作的に思い出して情緒不安定になる時がそれまでよりもっと増えていきました。こんな感じで最終的には、環境を変えたにも関わらず未だにストーカーから受けてきたストレスのせいで不調が起きているんだという事を認めざるをえなくなりました。

↑こんな感じで自分の心身に起こっている事を正確に把握できる状態になるまでに、月日を要して栄養を補い続けてエネルギーの充電をさせなくてはいけませんでした。そこまでこじらせてしまった原因は、先ほども書きましたが、私の防衛機制と考え癖のせいだったと思います。

というか心の奥ではその事に気づいていたと思います。その頃に書いたブログに不調の原因についてボソッと「ストレスが多かったからかな」とつぶやいた時もありました。

でも、当時の私には、苦しみを認めて向き合って苦しみながら痛みを解消していくよりも、自分の中に原因を探して自分を責めたり、他の原因を探して改善する努力をしているフリをしている方が楽だったんです。

 

「環境を変えたから大丈夫」だと思いたかったし、環境を変えたことで一時的に快復したこともあって、暫くの間、環境を変える前に起こっていた不調の原因と、環境を変えた後に起こった不調の原因を繋げて考える事ができませんでした。

なので、環境を変えた後に起こった不調に関して私の感じ方では、急に不調が起きはじめたかのような感じでいましたが、振り返ってよく考えてみたらそうではなかったという事がわかりました。

今までに書いたブログの中では環境を変えて暫くしたら急に不調が起こった、みたいな書き方をしていますが、私の感覚的には「急に」でしたが環境を変える前や後に起こっていた不調の原因は同じなので「急に」という表現のままにしておいていいのか、そのせいで伝わりずらくなったりしないかな・・と今更ですが最近考えています💦

 

そんな感じの流れがあって、ブログのはじめは「環境を変える為に仕事を辞めて引っ越ししたから節約の為に自炊をはじめた。どうせ作るなら健康的なものを作って食べたいから食や栄養について勉強をしている人のブログ」という感じでスタートしていますが、途中からは、以前から主治医に言われていた「自律神経が乱れている」という言葉を本当の意味で受け止めてケアしていこうと考えて食事を作ってきました。(主治医から言われた「自律神経が乱れている」の話については、後で書きます)

 

不調を治す過程で「食べる事(栄養を摂る事)」「自分にとって優しい考え方をする事」「自分を大切にする事」の大切さに気付いたので、ブログを通じて伝えたいと思いました。

食べる事(栄養を摂る事)で不調を治した経験から、自律神経が乱れる原因や気分の落ち込みなどの全てが「食べる事(栄養を摂る事)」で治るとは思っていないし、不調を起こす人の原因がそれだけだとも思っていませんが、きちんと必要な栄養を摂ることで自分にとって優しい考え方をしやすくなれたり、それまでの自分よりも自分の事を大切に思いやすくなれると思っています。

「栄養の偏り」「考え方」のどちらかが原因で、もしくは両方が原因で心が苦しくなっていたり、体が病気になったりしている場合は、「栄養」「考え方」を整えることで「体」と「心」が整えば、心身共に健康に近づけることが出来るのではないかと考えています。少なくとも私はその方法で心身の快復を経験しました。

今は、苦しまなくてもいい人が苦しい想いをしたり、ならなくてもいい病気になったりする人が一人でも減ればいいなと思ってブログを書いています。

これまでの経緯と病気の経過について。

2018年

左の卵巣にチョコレート嚢胞と子宮筋腫が1つ見つかりました。この頃は、まだ前職をしていてストーカーから嫌がらせを受けていました。

その後も仕事を続けてストーカーの嫌がらせに耐えていたら、急速に病状が進行して、子宮筋腫が3つに増えてチョコレート嚢胞も大きくなりました。その頃は薬が一切効きませんでした。手術しなくてはいけなくなるだろうと思っていました。

2019年

けれど、転院した先の婦人科の先生から(仕事内容などを話した)「不規則な生活(仕事)とストレスのせいで自律神経が乱れているのが原因だよ」と言われたのをキッカケに、仕事を辞めて、ストーカーから逃れる為に引っ越しをしました。環境を変えて、ヘタだけれど自炊を習慣化させました。ブログをはじめたのは自炊を習慣化させて少し経った、このくらいの時期でした。

薬が効いてくれて、完全ではありませんが進行を抑えることができるようになってきました。この頃は、環境を変えて安心して生活できるようになっていましたが、それまでストレスを受け続けていたことが原因のさまざまな不調に悩まされていました。

その後、長い月日をかけて体に必要な栄養を補い続けることで(ブログに書いてきたような食事を食べていました)、体が元気になり、それに伴ってそれまでしていた自分の中にあった苦しい考え方や感じ方などが少しずつ良くなっていくのを感じていました。

2020年

そして、2020年2月の診察では、進行を抑えるだけの現状維持ではなく、チョコレート嚢胞の大きさが半分に小さくなり、3つあった子宮筋腫のうちの1つは見えないくらい小さくなっているのを確認できました。

このくらいの時期から「自分の中にある被害者意識やストーカーから植え付けられた苦しい記憶にサヨナラする」と心の中で決めました。そして、その事をブログにも書きました。そう思えたのは、体に必要な栄養を補給し続けたことで自分にとって優しい考え方がしやすい状態になったから出来たことで、急に変えようとしても無理だったと思います。その事についても記事にしました。↓

ストレス対策レシピ。アボカドのおかずチーズケーキの作り方。心を癒す、許す、には順番が大事だというお話です。 - くまさんの健康ひとりご飯

 

今は、3か月くらい前の自分が心の中で決めた通り自分の中にある被害者意識やストーカーから植え付けられた苦しい記憶にサヨナラできたと思っています。(ここでいうサヨナラというのは「忘れる」という意味ではないです。あるがままに今を生きる、という意味です)

年単位で書いたのでザックリとしていますが、病気の経過はこんな感じです。

 

診断を受けた時からのことを、もう少し細かくまとめていました。

↓ ↓ ↓

 

30を過ぎれば色々不調が出てくることは覚悟していましたが、初めて診断を受けた時は、正直とてもショックでした。

なんで、いま子宮の病気になったの?女としての私の将来はどうなるの?診断を受けた時は、かなり動揺しました。

 

ネットで検索すると、子宮系の病気には乳製品はダメ、とか、卵はよくない、とか、大豆製品もだめ、とか色々言われているようですが、今の主治医が食べ物に関して特に何も言わないというのと(大豆製品はあまり摂りすぎないでね、とは言われたけれど)、私自身気にせずに栄養をとりたいと思っているのと、そして好きなものを食べて「美味しい」と感じて自然と笑顔になれるような食事をすることで、心が満たされたら体調もよくなるんじゃないかな・・と考えているので、食べ物に関して特別な制限はしていません。

 

実は、今の主治医に出会えるまでに病院を変えています。

そんな先生ばかりではないと思いますが、それまでに診て頂いていた先生は、淡々と病気のことだけを話して治療の説明をする、こちらが何か質問すると怖い顔をして答えるのをめんどくさがるような人でした。はじめはそれが普通なんだと思っていました。

けれど、不安に思っていることも気軽に聞けないような先生じゃ気持ち的に辛いなぁと思うようになりました。ダメもとでセカンドオピニオンしてみようと考えて、勇気を出して別の病院に行きました。そして、今の先生と巡り会えました。

今の先生にこの先も診て貰おうと決めた理由は、こちらの話を聞いてくれる、疑問に答えてくれるというのもそうでしたが、一番の理由は、病気になった原因を私にくれたからでした。

 

先生は「不規則な生活とストレスのせいで自律神経の乱れているのが原因だよ」と言いました。

 

それまでの私は、ストレスフル、毎日疲れてる、寝不足当たり前、そんな生活を送っていました。仕事が忙しかったストレスもありましたが、もう長い間ストーカーから嫌がらせ受けていて、そのせいで毎日ストレスフル状態でした。

ここでストーカーからどんな嫌がらせを受けていたかについて詳しくは書きませんが、先生にそう言われたとき、真っ先にストーカーのことが頭におもい浮かびました。

 

ストレスを受けていた当時の私は、問題だと捉えていましたが、それが後々になってまで自分の心と体に不調(後遺症)として残る程の大きなストレスになっているとは考えていませんでした。そして、すでに心身がストレスに蝕まれていた事にも気づいていませんでした。

というよりも、なるべく、大事だと思わないようにしていたのかもしれません。心のどこかで、そうしていないと不安や恐怖に押しつぶされて生活できなくなってしまう事がわかっていたからだと思います。

 

実は、ストーカーから離れたくて既に1度引っ越しをしたことがありました。その時もどこでどんなカタチでストーカーに引っ越し先が漏れるかわからなかったので、誰にも言わずに引っ越しました。

でも、引っ越ししていったん落ち着いたように見えましたが、職場を変えなかったせいで、引っ越した先にもまたストーカーが追いかけてきて辛いおもいをしていました。

 

この頃は、出して貰っていた薬が効かなくて、初めは1つだった子宮筋腫が一気に短期間のうちに2つも増えて3つになりました。チョコレート嚢胞も一気に大きくなりました。3~4か月の間中、毎日、不正出血がとまらなくて、出血量も多くて、お風呂のお湯に浸かっていても流れてくるほど出血が多かったです。真っ赤に染まっていく風呂場のタイルをみて、この先どうなっちゃうんだろう・・と不安な気持ちでいっぱいでした。

薬も強いものに変わりました。少しして一応出血はとまりましたが(油断するとすぐに出血しはじめてしまう状態でした)副作用から、酷いむくみに悩まされるようになりました。その薬を飲みだしてから、体重が一気に5キロくらい増えました。普通にしてても心臓がドキドキして、もともと低血圧だった血圧が高血圧気味になりました。今はだいぶ慣れたけれど、はじめは副作用が気になって辛かったです。

 

先生にハッキリと「ストレスが原因」だと言われたのは、そんなときでした。このままではいけないとハッとしました。

 

その時、引っ越しだけではダメで、職場も人間関係も全て変えなくてはいけないのだと思いました。

 

当時していた仕事は、好きでした。好きな仕事だったので、自ら根詰めて仕事をする事も苦ではありませんでした。

その為に睡眠不足になることも、食事をとる時間がないことも、幸せな事だと感じられるほど仕事が好きでした。睡眠時間や食事をとる時間とか以前に、当時主に食べていたものはカップラーメンや惣菜などだったので、今思うと物凄く不健康な生活をしていたと思いますが、好きな仕事ができる事は私にとって幸せな事でした。ストーカーにあうまではカラダは不健康でしたが、心は充足していました。

(好きな仕事をすることができて心は充足していましたが、ストーカーにあわなかったとしても当時のままのペースで仕事を続けていくのは体力的に無理だったと思うし、そのうち体力やモチベーションが底をついた時に、どこかのタイミングで仕事量を減らすなどの仕事への向き合い方について考えなくてはいけない日が来たと思っています)

 

けれど、1度目の引っ越しが意味のないものになったあたりから、次第にストーカーから受けるストレスが私の心に重くのしかかり、それまでは気力でなんとかやってきていましたが、気力をなくし体調が悪い状態をカバーしていくのが大変になってきました。

そのせいで、それまで通りに仕事をする事が難しくなっていました。この頃の私は、ストレスが原因でそうなっている事をわかっていながら、すぐに体調を崩す原因を自分の中に求めて心の中で自分の事を責めてばかりいました。

それからストーカーから怖くて不安な事をされ続けていたせいで、毎日24時間何もない時も、いつも心が緊張状態から抜け出せなくなり、そのストレスをなかったことにして、心に蓋をして我慢していたせいで、人が(特に男性)信用できなくなり、許容範囲も狭くなり、それまでの自分なら笑って許せていた事も許せなくなり、いつも不安と恐怖が頭のどこかにあるような状態になりました。

しだいに他の事は考えられなくなり、いつもイライラするようになりました。

そんな風に心の許容範囲が狭くなった自分のことが酷く嫌な人間になってしまったような気がして嫌悪感だったし、(実際、人に対する不信感から何でも斜めにみるような嫌な人間になってたと思う)そんな感じで自分も人も信用できなかったので、まるでこの世界に独りぼっちのような強烈な孤独感に毎日さいなまれるようになっていました。

 

それなのに、今思うと謎にストーカー(嫌がらせ)をする人のことを良い人だと思い込もうとしていました。冷静になった今なら(心を取り戻した今なら)、すごく有り得なくて一歩間違えば危険な事態を招くようなことを自分に対して言い聞かせていた事がわかるんだけれど、その時はノイローゼのようになっていたので、正常な判断ができなくなっていたんだと思います。(悪い防衛機制と考え癖が発動していました)

そんな中、なんとか生活の中で出来る小さな気晴らしをしながら、ずっと続けてきた好きな仕事を続けていく方向で考えていましたが、正直、限界も感じていました。

 

毎日ストレスフルな状態で、栄養にならないものばかり食べて作られたカツカツの体と心に、どんなに良いお薬を入れて治そうとしても体と心の基盤がなくてグラグラな状態なんだから効く薬も効かないよね・・って今だから思えるけれど、当時は毎日が精一杯すぎて他の事は考えられず、そんな簡単な事にも気づけなくなっていました。

 

そして、仕事も、場所も、人間関係も、全てを変えよう。そう決意して実行しました。

 

その為に、仕事を辞めて、2度目の引っ越しをして、人間関係も変えました。(環境を変えて安全を確認したあとで職場と関係のない友人には連絡しました)

それと同時に心身を立て直さなければいけないと感じていたし、仕事を辞めて引っ越しもして出費がかさんだので、節約のためにも健康的な食事を自炊していくことを決めました。

それから暫くして病気は消えてくれないけれど、薬がしっかりと効いてくれるようになり、進行が抑えられるようになりました。その時々で体に必要な栄養を補い続けたことで心身が元気を取り戻してきたら、ちゃんとお薬が効いてくれるようになったんだと思っています。

 

環境を変えて少ししたくらいに、受けたストレスの後遺症(さまざまな不調とその原因)を認めて受け入れざるをえないくらいの不調に悩まされるようになりました。

いま思えば、環境を変えてからあらわれた不調には、〈第一次後遺症〉と〈第二次後遺症〉がありました。わかりやすく環境を変えた後にあらわれた症状のことを此処では、後遺症と呼ぶことにします。

 

まず、最初にあらわれた症状は〈第一次後遺症〉でした。

わけも分からずに寝すぎてしまう、寝ても寝ても眠い、毎日、体が怠くてたまらない、疲れやすい、風邪をひきやすい、などの症状でした。

先ほども書きましたが、環境を変える前から慢性的な疲れと体の怠さや体調の崩しやすさなどは感じていたし、それらの不調はストレスに伴いだんだん酷くなっていったので、当時の私は不調に対して感覚がマヒしていました。環境を変えたことでそれらの不調が一時的に良くなったので、それらの症状がストーカーから受けていたストレスによるものだという事に、この時の私は気づいていませんでした。

というよりも薄々は気づいていたけれど、「ストーカーから受けたストレスのせいだ」と思ってしまうと、せっかく環境を変えたにも関わらずそれに考えが囚われてしまい、早く忘れたいと思っているのに余計に思い出したり考えたりするのが嫌でした。

自分やその他に原因を求める方が楽だったので、気づかないふりをしてその時に考えつく別の理由をつけたりしていました。「眠り過ぎるのはマグネシウムが足りないせいだ!」とかね。でも、それだってその時の自分なりの根拠があって、その時は本気でそう思っていました。

 

しかも、なぜか、その時は(最近まで)「ストレスの原因や内容について誰にも話しちゃいけないんだ」って思い込んでいたので、過去の記事を読み返してみると、自分の辛い気持ちを誤魔化すために、たまに変なテンションで書いている日があったり、人に話したらダメなんだ、と思いながらも、我慢しきれなくてポロポロ所々書いちゃってたりしてる自分がいて、読み返すとその時の自分の感情を思い出して胸が苦しくなります。

初めて読む人で察しのいい人は「なんか違和感あるなー」と思う人もいるだろうなと思うので書き直すこともと考えましたが、でも、それも私の歩みの1つなので、そのままにしておこうと思います。

でも、さすがに読みにくい箇所や、思い出して辛かった頃に突然感情が抑えられなくなり我慢しきれなくなって書いちゃってるやつとかは「なんだ?急にどうした?」って混乱させてしまうといけないので、わかりやすく読んでいただくために追記しました。

 

その後に〈第二次後遺症〉があらわれたのは、環境を変えて月日が経ちそれに慣れて、体と心が落ち着いて生活できるようになってきたくらいでした。

不眠やストレスの原因になった内容がエンドレスリピートされる悪夢を続けてみるなどの症状〈第二次後遺症〉があらわれました。「ああ、これはストレスの後遺症のせいだったんだ」という事を認めざるをえなかったです。

今は不眠も悪夢も改善されているし、毎晩のように悪夢をみる日々は辛かったけれど、不眠も悪夢も心の快復には必要なプロセスだったと思っています。

日中も、ふとした瞬間にストーカーにされたことを思い出し、今も当時と同じ事が起こっているような感じがして不安になってパニックになったり、過呼吸みたいな感じになったり、どうしょうもない強い怒りが込み上げてきたり、涙をこらえられなくなったり、絶望的な気持ちになったり、いろいろありました。

心の中にいつも噴火しそうな火山があって、前触れもなく噴火して火山の勢いに自分のことなのに自分でもついていけないような状態になりました。思い出してパニックになった後は、疲れ果てて放心状態に近い状態になることが多かったです。

思えば、悪夢はこのくらいの頃からでしたが、ふと思い出しパニックになる症状は、環境を変えて割と直ぐにあらわれていました。悪夢をみるようになって、思い出してパニックになる頻度と、噴火した時の感情の強力さが増したのがこの時期でした。 

今は、不眠や悪夢、突然思い出して感情が抑えられなくなるなどの不調は治っています。

 

良くなった理由は、大きくわけて2つだったと思います。

今から書くことは、今現在、安心できる環境にいる事が、前提のお話です。私の場合、ストレスの原因がハッキリしていたので、あのまま我慢し続ける選択をして環境を変えずにいたとしたら、いくら栄養を摂ったり、自分の為に料理をしたりしても、体と心の快復は難しかったと思います。そもそも、心身共に疲れ切った状態で料理をしようという気持ちにはなれなかったと思います。

 

1つ目は、栄養です。

その時々にあらわれた症状に合わせて、症状を改善してくれる栄養素が含まれている食材を調べて、調理して食べたことと、他に【まごわやさしい】を実践することで、取り切れていなかった体に必要な栄養を摂取したことです。

ブログのカテゴリーにある、自律神経を整えるレシピ、むくみをとるご飯(減塩ご飯)、幸せホルモンが出るご飯、薬膳、まごわやさしい、などがそうです。

環境を変える前の私の体は、ずいぶん長い間、心身共に不摂生を繰り返していたので、今よりもプヨプヨしていて体重も多かったけれど、中身はスカスカだったと感じています。

スカスカ状態の体に、いくら薬を入れても効くわけないよなぁ、と今ならわかるのですが、当時の私にはそれがわかりませんでした。

単純に、体に不足していた栄養を補ってきただけですが、私にはとても効果がありました。

これは個人的な考えですが、「効果があるよ」と言われている薬や食べ物やサプリメントなどでもそうだけれど、みんなに効くわけじゃないし、効く人と効かない人、少しだけ効く人、とかいろいろいるけれど(その反対で、体に悪いとされている物を摂取し続けている人が必ずしも病気になっているわけでもないと思う)それは、人それぞれ体と心が求めている物も(原因)、体のバランスも、心のバランスも、体や心の耐性も少しずつ違うからだと思うんです。

なので、私には栄養を補い続けることは効果があったけれど、同じような症状を抱えている人すべての人に効果があるかといわれたら違うと思います。

私の場合は、エネルギー不足だったのが一番の原因だったから、エネルギーを補う事は効果があったんだと思います。仕事の忙しさや楽しさにかまけて、それまで適当な食生活をしてきたという事と、そのタイミングでストーカーから嫌がらせを受けて「なぞに心の底から悪い人はいない。良いところもあるはずだ」とか考えて(私の間違った防衛機能と考え癖が発動した)なんの対策もせずに毎日される嫌がらせをなかった事にして心の中に押し込めて「真面目に親切にしていれば、いつか相手にも気持ちが伝わるはずだ」と信じて、その時に苦しんでいる自分の気持ちをないがしろにしてしまい、余計にエネルギーを消耗してしまった事がエネルギー不足になった原因でした。

 

2つ目は、考え方です。

自分の為に自分で料理を作ることで得た気づきでした。

自分の為に自分が自分で食事を作る、ということから「食べ物の大切さ」「料理の楽しさ」「学ぶことの楽しさ」に気づいて、その次に「体を大切にする大切さに」に気づいて、その次に「食べることは生きる事」だと知り「自分を大切にするために作る料理の楽しさ」「自分を大切にする大切さ」に気づけました。

自分を大切にする大切さ、自分を自分で大切にしてもいいんだ、と心の底から思えた時、それまでの自分は自分のことを大切にしてこなかった事に気が付いたんです。

辛かったら逃げたっていいし、泣いたっていいし、人から耐えられないような理不尽なことをされたら相手に怒ったっていいし、心の伝わらない相手なら自分が傷つく前に離れたっていいはずだったのに、必要以上の我慢を自分にさせてきていた事に気づきました。

私を一番苦しめていたのは、私だった、という事に気づいたんです。私は気づかないうちに自分に対して「我慢」を強いることで「私の気持ちよりも周りの人の気持ちを大事にするべきだ」イコール「私よりも周りの人の方が大事な存在」なのだと自分自身を否定し続けていたのだという事がわかりました。そうじゃなくて「私も周りの人も同じくらい大事だよね!」と自分のために思える自分になりたい思いました。

「これじゃあ自律神経も乱れるし、体のどこかが病気になったっておかしくないよね」って思えたら、今の自分があるのは「自因自果」なんじゃないかなって思えたんです。

そうしたら、気持ちがスーッと楽になりました。それまでは被害者意識が強くありましたが、「改善していこう」と思えるようになりました。

 

体にちゃんと栄養を入れる事、それから、自分を心から大切にする事、この2つを意識し始めた時、心身共に良い方向へと変わっていきました。

 

今は、そう思えるようになったのでいいけれど、辛さの真っただ中にいるときは、あまりにも辛くて精神科を受診しようか迷った時もありましたが、病院に行って「どうしましたか?」って先生に聞かれて、当時の辛かった事を説明する場面を想像しただけで耐えられなかったので、自分で治そうと決めました。

自分で治そうと思えたのには他にも理由がありました。それは、10代の頃にうつ病を発症し、長い闘病生活のなかで症状が慢性化してしまったのを森田療法をして治した時の経験から「どんな事があっても辛さはあるがままにして、日々是好日」という考え方が私の中に根付いているからだと思います。すごく辛い状況でしたが、その時の辛さに流されることなく今の自分ができる事をしていこうと思えたのは、うつ病になり治した経験のおかげでした。

森田療法をしてくださった先生にはあれ以来お会いしていませんが、一生モノの大切な考え方を教えていただけたことを今も心から感謝しています。

今は、その時々で体と心に必要な栄養を補い続けたことで体も元気になったし、それに伴って心も楽になれたので、自分で治すことを決めてよかったなと思っています。←あくまで私はこうだったよ、という話で病院に行かないことをすすめているわけではありません。

 

ブログを始めたばかりの頃は、自分でも自分の本当の辛さに気づいていなかった頃なので、そんな考えにも及ばなかったけれど、今は、学んだことや実際に食べてみて自分の体がよいと感じたものを人に伝えて、小さくても誰か何かの役に立つことができたら嬉しいなと思うようになりました。

正直に書くとストーカーから嫌がらせを受けていた時、実行はしませんでしたが苦しくてこの世から消えてしまいたいと何度も考えました。でも、今は生きていて良かったなと思っています。

あの時は「栄養を摂る事」「自分にとって優しい考え方をする事」「自分を大切にする事」の大切さを知りませんでした。けれど、もし知っていたとしたら、この世から消えたいだなんて考える前に、早々とストーカーから逃げるなり然るべきところに相談するなりしてそんな考えにも至らなかっただろうなと思っています。

 

それから、勉強していく中で「自律神経と腸は親密な関係にある」という事を知りました。実は、中学生だった頃に過敏性腸炎を発症しました。その後、うつ病になり入院した経験があります。(いまは過敏性腸炎の症状はよくなり、うつ病ももう完治しています)

過敏性腸炎もちなので、うつ病を治した後も常にウンチは緩いことが多かったんですが、今は、量、水分量、切れ、共に健康的なウンチを出せるようになりました。そんな自身の経験を振り返り考えてみても「自律神経と腸は親密な関係がある」と思えたので、腸内環境を整えるレシピもブログに書いています。

 

今苦しい中にいる人、生きにくいと感じている人、自分を大切にしたいのに大切にできない人、もっと豊かに生きたいと感じている人、ハッピーなのをもっとハッピーにしたい人、など、このブログが少しでも誰かの力になったら嬉しいと思います。長いのに最後まで読んでくださって、ありがとうございました(o*。_。)oペコ

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