くまさんの健康ひとりご飯

ある大きなストレスを受け続けたことで自律神経が乱れ、その流れで婦人疾患にかかりました。婦人科に通院しながらそれまでの環境を変えて、自炊を習慣にし、食や栄養素について独学しています。食を通して「栄養を摂る事」と「考え方」と「自分を大切にする事」の大切さを知りました。そうしたらストレスの後遺症となんとなく続いていた体調不良が治り、婦人疾患も良くなってきています。このブログは、そんな私の毎日の食事記録です。

クリスマスレシピ塩麴と米粉で簡単!骨付き鶏もも肉の唐揚げの作り方と気づいたこと。

クリスマスだったので浮かれてチキンを揚げました。

塩麴に漬けて米粉をまぶして揚げるだけですっごく美味しいチキンが出来ます(*´ω`*)

骨付き鶏もも肉の唐揚げの作り方。

材料

  • 骨付き鶏もも肉 1枚
  • 塩麴 大匙1~2
  • 米粉 適量
  • 菜種油 適量

作り方

骨付き鶏もも肉の骨の周りに切り込みを入れます。

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塩麴と一緒にビニール袋に入れます。塩麴が骨付き鶏もも肉の全体に行き渡るように袋越しに手で揉みます。袋の口を縛ってそのまま常温で3時間置いておきます。

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袋から取り出して全体に米粉をまぶします。

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フライパンに多めの菜種油を入れて皮側を下にして揚げ焼きしていきます。途中ひっくり返して150~160度の油でじっくり20分間焼きます。これで完成です。

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味が染みていてジューシーで美味しいです(*´ω`*)

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ベビー帆立のピラフとサラダも一緒に食べました。

気づいたことのお話です。

インスリノーマで闘病中のフェレ君のことなんですが、あれからも毎日昼夜関係なく1時間おきにダックスープを10㏄ずつ与えています。幸いあれ以来発作は起きていません。

けれど、ここ最近、夜中にゲージから出たがって麻痺した後ろ足をひきずって必死に上半身を起こしてゲージの網を噛むようになりました。今までもたまにありましたが「今はかまって貰えない時間なんだ」と理解するとスッと諦めて寝たりしていたんですが、最近はゲージから出して抱っこするまでやめません。歯が折れてしまうんじゃないかと思うくらい力いっぱいにゲージの網を噛み続けます。少し前からこういうのが増えてきていて最近はさらに頻繁にあります。

あまり激しく動くと低血糖になって発作を起こしかねないので見つけたら出して抱っこしています。すると直ぐにスヤスヤと気持ちよさそうに寝息をたてて寝るので、寝たタイミングでそっとゲージに戻すんですが、またすぐに起きてきてゲージの網を噛んで出して出してアピールをします。仕方なく眠いのをこらえてまた出して抱っこするとスヤスヤ眠ります。腕の中で眠るフェレ君はすっごく可愛いんだけれど、そのおかげでいつも以上に寝不足になっています。

急激に自分の体の衰えを感じて不安に感じているのか、最期を悟っての行動なのかわからないけれど、出来る限りそばに居てあげたいと思っています。・・と思いながらも、なんだかんだとここ半年間満足に眠れていないので寝不足が続いて疲れがピークに達して眠くてたまらない時にそれをされるとイライラしてしまう自分もいます。昨晩、何度も何度も抱っこをせがんで寝てくれないフェレ君にイライラして「もういい加減にして!」と反射的に声をあげてしまいました。言葉にした瞬間、すごく反省しました。申し訳なくて、そんなことを思ってしまったことに罪悪感で、すぐにフェレ君をギュっと抱きしめて「ごめんね、ごめんね」と謝りました。

私は子供ころ祖父母に育てて貰いましたが、両親と別々の家に暮らしていたわけではないので日常で母親と接する時間も少しだけありました。母親はいつも怒っていて少しのことでも感情が爆発するような人でした。小さい頃は祖父母との時間が中心だったのであまり関りはありませんでしたが、母親と関わるといつも心身共にひどくされることが多かったです。祖母が亡くなってからはそれまでとは生活の全てが変わってしまい母親と接する時間が増えました。その頃はもう体にひどくされることはなくなっていましたが心をえぐるようなことばかりされていました。当時は、どうして私だけこんな風にされてしまうんだろう、私が悪いのかな・・と悩んだり自分を責めたりしました。自立して家を出てからは一時期母親を恨んだりしたこともありましたが、昨晩「もういい加減にして!」と言ってしまった後に母親のことを思い出してハッとしました。母親は怒りがおさまった後や2人だけになった時にたまにこんなことを私に言っていました。「あんたは優しいから甘えてしまう。子供3人いるけれどあんたには甘えてしまう」と言った母親の言葉や表情を思い出しました。

その時の自分と当時の母親がかぶった瞬間、そっか、私は愛されていなかったわけではなかったんだなっていうことがわかりました。もしかしたら当時の母親もいろいろ大変な想いを抱えていて気持ちに余裕がなかったのかもしれないなぁと思いました。とはいってもされた全部のことに思えたわけではなくて「さすがにそれは違うだろう(根底に愛はないだろう)」というような事に関しては、今もそれは違うよなぁって思ってるけれど、全部が全部だったわけじゃないんだなって思いました。

フェレ君の介護をするようになってから、いろいろな事に気づかされたり考えさせられることが多いです。親だったら体調のよい時や気分のよい時に優しくできるのは当たり前で、体調が悪い時や気分の悪い時にも優しくできないのはひどい母親だと、私はそんなつもりなかったけれど無意識に心の中で母親に対して思っていたことに気付きました。それって母親に対してすごく酷なことをしていたなぁと思います。反省しました。それと同時に、私は自分自身にも無意識のうちに「寝不足が続いたくらいでイライラするなんてフェレ君がかわいそう。私は酷い飼い主だ」って思っていて、そのせいで余計なプレッシャーを自分にかけて自分のことを苦しめていたんだなということに気付きました。

そうじゃなくて「体調のよい時や気分のよい時に相手に優しく出来る人はスゴイ!体調が悪い時や気分の悪い時にも相手に優しく出来る人はもっとスゴイ人!自分が辛くて笑顔でできなくても相手の為に何かしようとしているだけでめちゃくちゃスゴイ人!」そんな風に自分や人に言える人が一番愛のある人なんじゃないかなと思いました。

そしてそう自分に対して思えたらイライラしていた気持ちがスーッと消えていきました。それから実際に私がそうだったので思うんですが、自分にそう言える人は人にも自然とそう思えるようになるのかもしれません。自分に対してそう思えたら、心のどこかで酷い人だと思っていた母親のことも自然と「スゴイ人」だと思えんです。思えたというか、その時の感じはなんていうか「腑に落ちた」という言葉が一番しっくりくるかもしれません。もしかしたら母親自身も自分や人にそう言えないタイプの人だったのかもしれないなぁと思いました。

フェレ君の気持ちが少しでも癒されるようにと大きめのパーカーにサスペンダーをつけて簡易寝袋を作ってその中にフェレ君を入れて過ごしています。こんな風にくっついていれば安心してくれるみたいです。フェレくんの体調の変化にもすぐに気づけるので、コレすごく便利です。↓

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まとめというか一言

初めて米粉で作りましたが衣がケンタッキーに少し似ている感じがしました。美味しかったです(*´ω`*)