くまさんの健康ひとりご飯

ある大きなストレスを受け続けたことで自律神経が乱れ、その流れで婦人疾患にかかりました。婦人科に通院しながらそれまでの環境を変えて、自炊を習慣にし、食や栄養素について独学しています。食を通して「栄養を摂る事」と「考え方」と「自分を大切にする事」の大切さを知りました。そうしたらストレスの後遺症となんとなく続いていた体調不良が治り、婦人疾患も良くなってきています。このブログは、そんな私の毎日の食事記録です。

泣きながら作った納豆汁のお話。

大好きなフェレ君が虹の橋を渡りました。

2020年6月2日にインスリノーマの診断を受けてからずっと闘病していたフェレ君が、2021年2月18日の4時40分に息を引き取りました。

診断を受けたときに余命半年くらいです、長くて1年です、と先生から聞いていました。あれから8ヶ月16日も頑張って生きてくれました。

インスリノーマの発作は痙攣を起こすことが多いそうなのですが、フェレ君の場合はギリギリまで昏睡状態になるだけで痙攣を起こしたことはありませんでした。なので、先生からも「この子の場合は、亡くなる時は発作を起こして昏睡状態になりそのまま眠ったように・・という感じになると思います」と聞いていました。痙攣を起こしたときの様子は飼い主さんが辛くてみていられないくらい壮絶だと思うと先生から聞いていたので「痛みも苦しさもなく眠ったように逝けるのなら幸いです」と話していました。

けれど、最期の日はヨダレをまき散らしながらキャンキャンキャン!と今まで聞いたことのないような悲痛な叫び声をあげるような激しい痙攣を何度も起こしました。そして、だんだん痙攣が小さくなっていって、それに伴って手足が紫色に変わり体温も急降下して痙攣の動きがとまって少ししてから静かに呼吸がとまりました。呼吸がとまったあとに2回小さく「キュー」、「キュー」と鳴いて、そのままでした。痙攣中は出来ませんでしたが、7時間くらいずっと1時間に1CC量のブドウ糖を歯茎に垂らし続けていましたが、どうしてあげることもできませんでした。亡くなった後はホットタオルで体を拭いたり爪を切ったりして私なりのエンジェルケアをしました。

酷い日は1日3回の発作を起こすようになってからは先生から「もう薬でどうにかできる範囲は超えているので自宅でみてあげてもいいかもしれません」と説明を受けていました。もう医療でどうすることもできないとして私に何が出来るんだろうと考えた結果、フェレ君の心のケアをしてあげることだと思いました。なので最期は、フェレ君が一番リラックスできる家で私とフェレ君だけの時間のなかで、私自身が出来る限りのことをして看取ろうと決めていました。それなのに何もしてあげられませんでした。

自宅で1人で看取る覚悟はできていましたが、最期はほんとうに壮絶でした。あまりにもかわいそうで「もういいよ。もう頑張らなくてもいいよ。ごめんね」と痙攣を起こして激しく動き回るフェレ君の体が何処かにぶつかって怪我してしまわないように手でおさえながら言って泣きました。

亡くなる前にもう最期なんだとわかったので「私のところに来てくれてありがとう。今まで一緒に過ごせて嬉しかったよ。大好きだよ。これからもずっと大好きだよ。今までありがとう」と体を撫でながら感謝の気持ちを伝えました。その時、ずっと苦しそうに見開いたままだった目が少しだけ和らいで一瞬いつものフェレ君の表情に戻ったような気がしました。私が少しでも楽になって欲しいと願っていたから、そんな気がしただけかもしれません。

フェレ君が一番リラックスできる家で私とフェレ君だけの時間のなかで、私自身が出来る限りのことをして看取ろうと決めていましたが、私がした看取り方が本当にフェレ君のためになったのか自信がありません。先生はああ言ったけれど、もしかしたらあのとき夜間救急に連れて行っていたら今もまだフェレ君は生きていたかもしれない、私がフェレ君の寿命を短くしてしまったんじゃないか、そんな風に思ってしまいます。

フェレ君が亡くなってから一晩明けました。フェレ君はたまに寝ている時に寝言?のような鳴き声を出すことがあったんですがその声が聞こえたり、スヤスヤと眠る呼吸音が聞こえたりして、あわててフェレ君の体をじーーっとみるんだけれど、やっぱりフェレ君は亡くなっています。

昨日はもう作る気になれなくて、ずっと飲まないようにしていたお酒と一緒にお弁当を買って食べました。もう何もかもがどうでもいいと思えました。けれど、一晩経って思いました。泣きながらでも残された人は生きていくしかないんですよね。生活を続けていくしかないんです。そう思う一方でこの先どうやって生きていけばいいのかわからないとも思いました。それは今も思っています。フェレ君がいなかった頃の生活に戻ればいいんだって思ったけれど、もうそんな昔のこと忘れちゃったしフェレ君と過ごしていた時の自分しか思い出せません。それに戻りたいとも思いません。

やる気も気力もなにもない重い体を引きずって、とりあえず冷蔵庫を開けて納豆汁を作りました。作っている最中に涙がボロボロでてきました。やっぱり作るのをやめてもう一度布団に戻って涙が枯れるまで泣こうかと何度も思いました。けれど、悲しみはあるがままに泣きながら作りました。作り終えて食欲のないお腹のなかに作業のように食べ物を詰め込んだあと、ふとブログを書こうと思いつきました。そのとき生きるってたぶんこういうことなんだなって思いました。トイレに行った、とか、ごはん食べた、とかなんでもいいから行動の積み重ねをすることが生きることなんだなと思いました。それなら出来るかもしれないと思いました。だけど、少し心が明るい方向に向かおうとすると、どうしても私だけ生きてごめんなさいって罪悪感が込み上げてきます。最期、苦しがるフェレ君に何もしてあげられなかったからだと思います。

納豆汁を作ったので、いつもみたいに作り方を書こうと思います。今はなにも考えずにこんな風に小さい行動を積み重ねていきたいと思います。

納豆汁の作り方。

材料 たぶん3~4食分くらいあると思います。

  • なばな 1袋
  • ナス 1本
  • しめじ 1/2パック
  • 細いネギ 4本くらい
  • 冷凍納豆 1パック
  • 水 1リットル
  • 粉末だし 5g
  • 味噌 大匙3と半分

作り方

なばなは、水で洗い下のかたい分を切り落とします。

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2cm幅に切ります。

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ナスは、水で洗いヘタをとり、乱切りにします。

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ネギは、水で洗い2cm幅の斜め切りにします。

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しめじは、石づきをとってほぐします。

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鍋に、なばな、ナス、ネギ、しめじ、水、粉末だし、を入れて中火にかけます。

全体に火が通ったら火を消して、冷凍のままの納豆を包丁で細かく切ったものと味噌を溶かし入れます。写真は味噌を溶かす前です。↓

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これで完成です。

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雑穀ごはんと一緒に食べました。

今日の午後に火葬します。それまでフェレ君のそばに居たいと思います。

まとめというか一言

重たい話を書いてすみません。明日からはいつも通りに書きます。