くまさんの健康ひとりご飯

ある大きなストレスを受け続けたことで自律神経が乱れ、その流れで婦人疾患にかかりました。婦人科に通院しながらそれまでの環境を変えて、自炊を習慣にし、食や栄養素について独学しています。食を通して「栄養を摂る事」と「考え方」と「自分を大切にする事」の大切さを知りました。そうしたらストレスの後遺症となんとなく続いていた体調不良が治り、婦人疾患も良くなってきています。このブログは、そんな私の毎日の食事記録です。

鶏の西京焼きの作り方。自分の気持ちをなかったことにしない、疑わない。

鶏の西京焼きを作りました。

西京焼きと言えば白みそで作るの場合が多いと思いますが、私の家には合わせ味噌しかないので合わせ味噌で作りました。

とても美味しく出来たので、作り方を書いておこうと思います。

合わせ味噌で鶏の西京焼きの作り方。

材料

  • 鶏もも肉 1枚分
  • 合わせ味噌 大匙1と半分
  • 本みりん 大匙2
  • 料理酒 大匙1
  • きび糖 大匙1

作り方

鶏もも肉は、唐揚げ用のものを買ってきたのですでに切れていました。自分で切る場合は、余分な脂身と筋を取り除いてから、食べやすい大きさに切ります。

タッパーに、合わせ味噌、本みりん、料理酒、きび糖、を入れて味噌を溶かしながら滑らかになるまで混ぜます。

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そこに鶏もも肉を入れて蓋をして冷蔵庫の中で2時間漬けます。焼く少し前に冷蔵庫から取り出して、お肉を常温に戻しておきます。

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タレを手で出来るだけ落として、フライパンの上にのせて蓋をして弱火でじっくり焼きます。途中裏返して、蓋をして弱火のままじっくり焼きます。

これで完成です。

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とっても美味しかったです(*´ω`*)

 

今までに私が作った「おうちごはん」の作り方は、コチラから見れます。↓

おうちごはん カテゴリーの記事一覧 - くまさんの健康ひとりご飯

自分の気持ちをなかったことにしない、疑わない話。

こういうこと(私が普段考えていること)は、出来た人間ではないのでカッコ悪いし、裸の自分を書いて人にどう思われるか考えるとこわいので、あんまり書きたくないんだけれど、万が一どこかの誰かの為になることもあるかもしれないし、私自身も心の快復の記録として残しておきたいと考えているので書いています。

 

早朝に家を出たらアパートのごみ収集所にゴミが散乱していました。今までにも何度かゴミが散乱していたことがありました。

前々回の時は時間があったし、コロナで大変ななかゴミ収集してくれている人達がみたら嫌な気持ちになるだろうな・・と思ったので片づけました。その様子をご近所さんが見ているのに気づいて「私が荒したから私が片付けているんだろうと思われるだろうな・・。それか、いい子ぶりだと思われそうで嫌だな、誰にも見られたくなかったな」と思いました。

前回の時は、時間がなくて見てみぬふりをしました。その日は何をしていても一日中ゴミのことが頭のどこかにあって、手が空くと「あー、なんで片付けなかったんだろう」と悔やんだり、自分も完璧じゃないし人様のことを言える立場ではないのに「なんであんなゴミの捨て方するんだろう」とゴミを捨てた人に対して腹を立てたりしていました。

今回は、出る時は時間がなくて無理だけれど2時間くらいでいったん帰ってくる予定だったので、それまでに片付いてなかったら片付けようと思っていました。そう思って出てきたのに、その間、「やっぱり片付けてからこればよかった」と悔やんだり、自分も完璧じゃないのにゴミを捨てた人に対して腹を立てたりしてしまいました。2時間して帰ってくるとゴミは綺麗に片付いていました。誰かが片づけてくれたようでした。それを見て、ホッとした自分に情けなくなりました。

 

「なんで私は腹を立てたり、情けなくなったりしているんだろう」と、ふと、思いました。

【朝起きて外に出たら知らない人のゴミが散乱していた】【コロナで大変ななかゴミ収集してくれている人が見たら嫌な気持ちになるだろうな・・片付けてあげたいと思った】【時間がなくて掃除できなかった】【帰ってからやろうと思っていた】

↑これが全てでコレだけなのに、なんで私は腹を立てたり、情けなくなってるんだろう。一度目の時は(自分で掃除した時)、腹も立たなかったし、情けない気持ちにもなりませんでした。

そして、考えてみてわかりました。私はゴミを掃除してあげたいと思いながらも無意識で掃除をしなくてもいい理由を探しているズルイ自分に気付くのが嫌だから、自分以外の他に怒りを向けていたんだということがわかりました。なんて未熟者なんだろう・・と反省しました。

電話して「ちょっと遅れます」と言って掃除をしてから向かっても良かったのに、本当は誰でもないそれをしなかったズルイ私に腹を立てていたんだということに気付きました。

それから、帰宅後綺麗に掃除されていたのを見て情けないと思ったのは、そんなズルイ自分に本当は気づいていたからだったんだ、と気づきました。

始まりは「ゴミ収集してくれている人が見たら嫌な気持ちになるだろうな・・片付けてあげたい」という親切心でした。それなのに、そう思った自分の気持ちをなかったことにして別の事をしたり先延ばしにしようとしたから罪悪感な気持ちになって、そのままだと自分が苦しいからそうした自分を正当化したくなって無駄に腹を立てていたんだ。しかも、他の誰かが掃除してくれたのをみて、言い訳して掃除しなかった自分を情けなく思ったんだと思いました。今までを振り返ってみるとこういうのちょいちょいあったなぁ、と思いました。これからは、人を責めたり自分を情けなく思ったりしなくていいように思いついた気持ちは出来るだけ即行動にうつそうと思いました。

 

まだ気になったので、行動にうつすのを躊躇った理由についても考えてみました。一番は私のズルイ気持ちです。その他に、私が掃除をしたら私が疑われるかもしれない、とか、「いい子ぶり」だと思われるかもしれない、と思っていた自分にも気づきました。

どうしてそんな事を考えるようになってしまったんだろう、と考えてみました。

 

この先は、過去の出来事を遡って考えています。ネガティブな言葉が増えますが、後ろ向きな気持ちで振り返るのではなく、自分のなかにある気持ちに気付いて改善したいという前向きな気持ちから振り返っています。こういうのが苦手な人や読んでいて辛いと感じる人は、いま画面を閉じて貰った方がいいかもしれません。

 

 

続きます。

前職をしていた頃、私がやってない事をやったと言われて悪者に仕立て上げられた時のことがパッと頭に浮かびました。また何かのキッカケで悪者にされるかもしれない、と怯えている自分がいることに気付きました。

それから、前職していた頃にボロボロになった私に見方の振りをして追い打ちをかけてきた友人だと思っていた人のことが頭に浮かびました。ここでは詳しく書きませんが、それまで自分がしてきたこと、人生で大事にしてきた考え方(軸)などをその人に「偽善者」「不誠実」だと言われたことがありました。そのことが心に残っていて、また私がなにか余計なことをして「心にもない事をしている偽善者で不誠実な人」だと人に思われたら、人を傷ついてしまうかもしれないし、自分が傷つくかもしれない、と怯えている自分がいることにも気づきました。

更にもう一つ思い出しました。姉と母親のことでした。育ててくれた祖母が亡くなって、うつ病で入院していた病院を退院してきてから、いつからか姉との関係がうまくいかなくなりました。

今から書くことは、家族のなかであった一部の出来事のことです。当時、病気(うつ病)だったので、私は家族にたくさん迷惑をかけました。たくさん傷つけあいました。私も傷ついたし、姉と母親のことも傷つけてしまいました。病気になって迷惑をかけた私が言える言葉ではないと思いますが、でも、病気ってそういうものだと思っています。

退院してきてから、いつからか姉との関係がうまくいかなくなりました。近所の人に挨拶をしただけで姉に「いい子ぶり」と聞こえるように言われたり他にも顔を合わせる度に嫌な言葉を言われたり、睨まれたり、物を隠されたりすることからはじまって、いろいろありました。はじめ母親はかばってくれましたが、母親も姉に気を遣っている様子で、だんだんと姉と一緒になって私を責める言葉を言うようになりました。何かした時も何もしてなくても日常で姉の気分次第で冷たくされたり優しくされたりしました。母親はそれに合わせているようでした。私と2人になると母親は「〇〇(姉)は怒るとこわいから気を遣う」とか言っていました。

今思えば、ずっと小さい頃から祖父母に面倒をみて貰っていた妹の私が、祖母が亡くなったのをキッカケに母親との時間が増えたので、姉も内心いろいろとあったのかもしれません。「おばあちゃんは〇〇(妹の私)ばかり可愛がっていた」とか「病気の〇〇(妹の私)がいるせいでママに相談したい時も出来なかった」と姉が言っていた、と当時母親に聞かされたことがありました。直接母親から言葉にして言われたわけではないので真意はわからないけれど、母親は私にその話をすることで姉の気持ちを知って納得して欲しかったのだと思います。母親は姉と一緒になって私を悪く言うことで姉を安心させたかったのかもしれないなぁと思います。母親は優しくて不器用な反面、感情の起伏が激しい面があります。そんな母親が姉に向けた精一杯の母親心だったのかもしれないなぁと思います。私がいなければそんなことさせなくて済んだのかな、と考える時があります。祖父母との時間が長かったので、私も母親の事をよく知らずに育ったし、それは母親も同じだったと思います。それなのに、ただでさえよく知らない子を途中から面倒みるのは大変だったと思うし、私は当時うつ病だったので余計に負担をかけたと思います。実際にたくさん迷惑をかけました。母親は私と二人だけになると「あんたは優しいから何でも受け止めてくれるし、甘えてしまう」と言っていた時がありました。あの時母親はどんな気持ちで言っていたんだろう、と考える時があります。

 

あー、コレが原因かなぁ・・って思いました。姉と母親に植え付けられた傷があったんだけれど、森田療法をしてその傷は一度は癒えました。でも、前職をしていた頃にやってもいない事をやったと言われて悪者にされたり、自分自身の考え方を偽善者とか不誠実だと言われたこと(今思えば、私も無理な考え方をしていたと思うし偽善的だった部分もあったし気づかせて貰えて良かったとも思うけれど、自分の軸を他人の気持ちで傷つけられる筋合いはなかったとも思ってる)などがあって刈り取ったはずの植え付けられた傷が復活して更に傷が育ってしまっていたんだと気づきました。

ゴミの他にも今まで人に何かをしようとした時に「こんなことしたら偽善だと思われるかな」とか「こんなこと言ったら親切心を疑われて悪くとられるかもしれない」とか思ってちょいちょい躊躇っていた自分がいたことにも気付きました。←今ここ。

それから、もう少し前の私は、人に親切にしたって後から酷い思いをさせられるだけだよ、って思いながらも嫌われたくなくて人に冷たくできなくて、やっぱり私は偽善者なんだ、って後で思って、自分のする事思う事すべてを信用できずにいました。いまは、人に親切にしたって・・とは思っていないけれど、まだ自分のことをやんわり疑っているかもしれません。

気づけたから今日から、自分は自分の気持ちをなかったことにしないようにしよう、それから人に気持ちを疑われたとしても自分は自分の気持ちを疑わないようにしよう、と思いました。それが自分を大切にすることに繋がると思いました。

 

私の頭の中。↓

辛さから抜け出すための考え方 カテゴリーの記事一覧 - くまさんの健康ひとりご飯

まとめというか一言

西京焼きは焦げやすいので弱火でじっくり焼いてください。